すっっっっっっごい今更なんですが、振り返ります。笑
https://univ.osiro.it/events/73a93cbcbf22
この回のこと、結構ずっと考えていて、なので時間が経ってるんですけど、割と鮮明に覚えています…!
どうしてもこの場で書き残しておきたく…!
@ひややっこ(杉山博一) さん、当日のことをこんな風に振り返ってました!
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①当日の振り返り
当日のチェックアウトでもちょっと話したんですが、なんだかこの日は「消化不良」でした…!
「シェアリーディング」の話をきいて、まあやり方はわかったと。
それで何を題材にするんだろうと思ってたところ、芥川龍之介の「蜜柑」でした。。
ここでまず、「あ、物語なのか」と思いました。
なんとなく、「コミュニティっぽい話題の文書」を読むのだと勝手に思っていたんですね。
だけどすぐに「いやいや、この文章の中にコミュニティ的な要素があるんじゃないか、きっと。探し出してみよう。」という気持ちと、ちょっと見栄みたいな気持ちから「みんなとは違った視点で何かに気づけたら嬉しいぞ」みたいなことも思っていました。
そして始まる朗読。聞きながら、何かわからないけどきっと大事なことでありそうな「何か」を探す私。
話の途中で、「すごく目の前の人のこと下げているから、のちに起こる出来事でそれを反省することになるんじゃないか。」と予想。概ね当たる。
だけど、探してたものっぽくはなくて、「なんでこの文章をシェアしたんだろう…?」とお題を探し始めました。
ブレイクアウトルームは、@みにゃこ さんとひややっこさんと一緒。
上で書いたような気づきはシェアするも、なんか言うことが思いつかない。
今思うと、「探し物」をしすぎて、作品の魅力を十分に受け止めれてなかったような気がします。
一方で、みにゃこさんは「芥川、やっぱり面白い!!」と興奮気味で、ちょっと作品の魅力を受け取っていることが羨ましかった。なんだか教養の差ってのも考えちゃったり。
そんな感じで、もやーっとしながら考え事をしていたら、集中していないように見えたか、ひややっこさんが「隼さんの図書館だと読み聞かせとかするの?」と聞いてくれて、回答する。そこから派生して、「読み聞かせ」についての話をみにゃこさんを交えてし、みにゃこさんにも言いたいことがあってちょっと(悪くない感じで)ヒートアップ。
ちなみに、この時はあまりピンときてなかったけど、この前のポッドキャストを聞いて、ちょっとこの話題の解像度上がりました。みにゃこさんの本を読まねば。
振り返ると、ひややっこさんが僕に話を振ってくれたタイミングで、話題が半強制的に「作品の話」から現実の具体的な出来事にシフトした感じがあり、これもあってブレイクアウトルームで「作品やそこから受け取ったもの」の話が深まらなかった印象。
メインルームにもどり、各グループでどんな話が出たかをシェアする。主人公の年齢とか、「あー、確かに人によってイメージする光景や感じ方が違うんだなあ」と言うことには感心する。
ただ、なんかしっくりきてない感じがする。
「人によって受け取り方が違う」ということの面白さはわかる。
でも、それに気づくことがシェアリーディングの面白さってことでいいの?って感じ。
今日はコミュニティの話につながっていかないけど、このへんで終わる感じ??という感じで、釈然としないままこの日は終了。
②数日間考えてました
そんなわけで、すぐにふりかえり書こうとしたけどあんまり筆が進まず、頭の中でぐるぐる考えてました。「自分は何にモヤモヤしてるんだろう」とぐるぐる考えてました。
ちょっとたどり着いたことがあります。
なんだか、あの日、 僕は「お題はなんだ?」とめっちゃ考えていた気がするんです。
「この『蜜柑』から何を読み取ろうとさせている?」
「今回のテーマは、どこに着地しようとしている?」
「どう望んだら、取れ高がある?」
みたいな感じ?
それで、結局「お題」が正直よくわからなくて、集中してなくて、入り込めなくて、うーんって感じだったんじゃないかと。
それでですね、「あれ?つまりこれは、『お題待ち人間』ってことですか?」と気づきました。
「指示待ち人間」ではなく、「お題待ち人間」になってました。
「わかりやすいお題」が出てない時に、思考停止気味になったり、うまく取り組めなかったりする、「お題待ち人間」。笑
これから、お題設計アプローチが広がっていった時、そもそも能動的に動いてもらうためのお題設計アプローチなのに、お題の理解や受け取りに、とても受け身な姿勢な人たちも増えていくような気がしました。今回の僕のように。
もちろん、お題を出す側が「分かりやすい(取り組みやすい)お題」「面白い(取り組みたくなる)お題」を練り上げるのは前提として大事。
一方で、受け取り手も、柔軟に、状況をどう理解し受け取ることが自分にとっての「良いお題」となるかを能動的に考えなくちゃなあと思いました。
③さらにまた数日後の学び
別件で@キャンベル さんと話した時のこと。
キャンベルさんが「あの時、違う受け取り方をしたってところで止まらずに、『どうしてそういう受け取り方をしたんですか』って聞けばよかったなあと思って」と話していました。
これは多分、「ナラティブ」の話かなって思いました。
人それぞれ、受け取り方が違う→わかる
ここで止まらず、
「あなたはどうして、そういう自分がそういう受け取り方をしたと思います?その背後にどんな経験や価値観があると思います?」
みたいなことを「問い」として立てられる可能性があった。
これだったら、めっっっっちゃ興味が湧く。。。。
なのにどうして、あの時、自分はその「問い」を立てることに至らなかったのだろう。
あー、受け身だったからか…。
なんて考えました。
さらにいうと、コミュニティや人と人の関係性の話にするなら、
「その受け取り方の違いは、コミュニティを作っていく時に揃えた方がいい?揃えない方がいい?」
「揃えた方がいいものと揃えなくていいものがあるなら、それぞれどんなもの?」
「隣の人との違いを楽しめるコミュニティの在り方って?」
「自分の『ナラティブ』を安心して開示できる環境や関係性って?」
みたいに、場に投げかけられる「問い」、みんなで考えれる「お題」ってめっちゃあったなあって、今なら思います。
なんで思いつかなかったのか。
あー、受け身だったからか…。
その場の(名目的)ファシリテーターの意向を汲みながら、自分が能動的に楽しむために小さいお題を自分なりに生み出し、場を加速/深化させるという考え方もきっとありですよね。
それをできていれば、めっちゃ楽しめたのになーーー!
今度は意識して臨むぞーー!と前向きになった、というお話でした。
終わり!
@ひややっこ(杉山博一)
開催ありがとうございましたー!
ポッドキャストでのシェアリーディング振り返り、楽しみにしてます!



